悲劇を喜劇にかえるブログ

「心と体の健康」について医療・介護での仕事、ビジネス、自身の心と体のデトックスの経験などから情報発信していきます。

悪いことの後の良いこと

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.鍵をなくしてしまった

先日、私事で大変恐縮ですが、家の鍵を紛失していまいました。ちょうどその日は、私用で大阪に行っていまして、夜遅くの電車で京都の自宅に戻ったところ、カバンや洋服の中から鍵が見つかりませんでした。

 

僕の鍵は、お守りと鈴をつけていましたので、落としたとしてもわかるものであるため、滅多に紛失することはなかったのですが、ないと分かりとてもショックでした。

 

ただそれを引きずっていても仕方ないため、取りえずその日は、お風呂に入ることと、宿を探すことだけに集中し、近くの銭湯に入って、その後、友人に連絡しました。

 

2.それからの出来事

そして、連絡した友人の一人が格安のネットカフェを探してくれたので、そこに行こうと思って、タクシーを拾って、その場所に向かいました。

 

僕は、ネットカフェに向かう道中のタクシーの中で、運転手さんと会話していました。

 

運転手 「お兄さん、今晩泊まるところないの?」

 

私 「実は、鍵をなくしてしまってですね、、、、。」

 

運転手 「それは、かわいそうやなー。」

 

その後、ネットカフェに到着し、タクシーを降りるときに、運転手さんが、タクシー代を表示されている金額から、30%ほど割引きしてくれたのです。おそらく、僕を気遣ってのことでしょう。あまり、持ち合わせがなかった僕にとっては、非常に有難い話でした。

 

本当に助かりました。

 

僕はネットカフェにて、一晩過ごすことができました。

 

そして、次の日鍵は見つかりました。職場に置きっぱなしにしてたみたいですね。

 

3.悪い事の後には良い事がある

これは、ほんの些細な出来事でしたが、悪い事が起きてしまった場合、その出来事に囚われてしまうことってないでしょうか?

 

僕は、正直あります。

 

鍵をなくしてしまったことは、僕にとって、とてもショッックな出来事

 

ただ、そのショックな出来事を引きずってしまって、

 

その後に友人がネットカフェを見つけてくれたこと

 

また、タクシーの運転手さんが、タクシー代を割引してくれたこと

 

これらを良かった事として、解釈できなかったら、非常に勿体ないなと感じます。

 

そして、僕の経験上、悪いことが起こった後、良いことが起こっている。

 

ある悪い出来事に対して、感情を過剰に持ち込んだりせずに、

 

「こういう事実があったんだ」とだけ捉えることができれば、

 

その後に起こった良い出来事に対して、

 

「やったー(^ ^)」

 

「ラッキー(^ ^)」

 

と思えることができれば、今日も1日良かったという気持ちになるかもしれません。

 

悪い出来事を引きずり、今日は最悪だったと解釈することが「悲劇」であれば、

 

悪い出来事を、単なる事実として捉え、その後の良い出来事に気付けることが「喜劇」

 

起きてしまったことにくよくよせず、切り替えて前に進もう。

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

他人の時間を作る

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

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1.時間という貴重な資源

皆さんにとって、時間というのは、とても貴重な資源ですよね。

 

世界中の人々に、唯一平等に与えられているのは時間です。

 

1日は24時間しかありません。

 

お金は失ったら取り返せますが、時間は失ったら二度と取り返せません。

 

では、人間関係において、相手に時間を奪われたと感じたことってあるのではないでしょうか?

 

わかりやすい例で言えば、

 

相手と何処かで会う約束をしていて、何時に集合と決めているにも関わらず、相手が集合時間の30分~1時間遅れてきてしまい、かなり待たされた場合。

 

相手の書類の提出期限が遅れてしまって、書類のチェックが遅れてしまった場合。

 

待たされるというのは、時間を奪われるということに等しい。

 

僕は、そんな風に捉えてしまいます。

 

でも、相手との約束を100%きっちり守ることって、なかなか難しいですよね。

 

僕も、気をつけているつもりではありますが、知らないうちに相手の時間を奪っていることもあります。

 

特に忙しかったりすると、優先順位をつけてしまい、それが低いと思っている約束ほどそうしてしまいがちです。

 

しかし、相手の時間を奪っていることには、変わりないので、最小限に抑えないといけませんね。

 

どうしてもそうなってしまう場合、予めそのことを伝えておかなければなりませんね。

 

2.相手に時間を与える

しかし、逆に相手に時間を与えることも可能ではないかと思っています。

 

私が、整形外科クリニックに勤務していたときのエピソードです。

 

リハビリテーション室に、運動機器を導入するために、室内のレイアウトを変える作業をしていました。

 

その中で、壁に固定されていたテーブルを外すことになりました。ある日に、その作業を院長と行う予定でした。

 

昼間に行う予定でしたが、外来の患者様がいらっしゃったため、院長から、

 

「夕方に僕が一人でしておくから、いいよ。」

 

と言われました。

 

ただ、僕はここで、院長に夕方その作業をさせると、仕事を増やしてしまうから、空いた時間にできないかなと考えていました。

 

すると、たまたま、患者様が誰もいらっしゃらない時間が10分ほどできました。

 

そこで、院長に「今時間が空きましたので、僕がやっておきます。」と言って

その作業をさせていただきました。

 

その後、看護師長から、院長がとても喜んでいたとの報告を受けました。

 

ほんの小さな出来事ですが、

 

これによって、

 

院長が夕方その作業をする時間がなくなった = 院長が別のことする時間できた

 

つまり、相手の時間を作ることができました。

 

生活していく中で、

 

どうしても、意図せずに相手の時間を奪ってしまうこともあるかもしれませんが、

 

逆に、時間を与えることを意識することで、相手に喜びを与えれる存在になると、

自ずと時間管理もできてくるかもしれませんね。

 

相手の時間を奪っていることに気づかず、信頼関係をなくすことが「悲劇」ならば、

相手に時間を与えることで、信頼関係を構築できることが「喜劇」

 

時間をいう大きな資源を有効に使っていこう。

 

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

忙しいを楽しもう

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

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1.忙しいのが嫌だ

皆さんは、日頃「忙しい~。」と思うことってありますか?

 

忙しくて時間がない。

 

忙しくて休みがない。

 

忙しくてしんどい。

 

僕も正直あります。というか今がそうですね。

 

月曜日~土曜日までは、理学療法士としての仕事がありますし、日曜日は勉強会に行ったり、セミナーに行ったり、誰かと会ったり、フルマラソンに参加したり、何かと予定が入っていたりします。

 

また、平日も京都で仕事が終わった後、勉強会に参加するために、電車に乗って40分くらいかけて大阪に行ったりしています。

 

正直、大阪行くのも往復するだけで、「しんどい。」と思うこともあります。

 

忙しいとき、

 

たまには休みがほしい、でも休めない

 

なんて思うこともありますよね。

 

2.忙しいのはありがたいこと

でも、ふと我に返ったとき、私はこう考えています。

 

忙しいのはありがたい

 

なぜならば、この忙しいのは、すべて自分で選んでいることであり、ご縁だから

 

僕は、

 

今行っている勤務先も

 

セミナーも

 

コーチングも

 

誰かと会っているのも

 

すべては、私と同じように「より成長したい」という

先輩や仲間、恩師からのご招待なのです。

 

だから、始めるときは、自分が興味を持ち、この過程をこなしていく中で、

成長できると思って、自ら選んでいることなのです。

 

自分で忙しくしちゃっているんですが、、、、。

 

逆に、何もご縁がなかったり、1日何もすることがなかったりすると、

 

それは、とても寂しいです。

 

以前、私の尊敬する知り合いの経営者の方がこんなことを仰っていました。

 

「私は、30歳で起業し、50歳で仕事をすべて部下に引き継いで、引退した。

最初は、毎日ゴルフをしたり、旅行に行ったり、飲みに行ったり、楽しかったよ。

でも、なんか燃え尽きしてしまって、何もすることがなくなって、

生きている感じがしなかった。だから、今はこうやって仕事している。」

 

この話を聞くと、忙しいというのは、今を生きていることなのかもしれません。

 

忙しい中で、日々大変なことや、嫌なことがあっても、後になればそれはネタの材料となる。

 

生きていることは、ネタを作ること、それには忙しいことが条件なのかもしれません。

 

だから、忙しいのはありがたい。

 

忙しいのを、しんどいと思って、日々過ごしていまうことが「悲劇」であれば、

忙しいのを、ありがたい、今を生きていると思って、楽しむことが「喜劇」

 

 

「忙しい」ことをエネルギーに変えて生きていこう。

 

ただし、無理は禁物。たまには一休みも大切と思います。途中でやめなければ、大丈夫。

 

今日も、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

ありがとうを伝えるとき

皆さん、おはようございます。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

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1.「ありがとう」という言葉について

皆さん、人に何かしてもらったときに、少なくとも感謝をすると思います。

 

感謝の言葉を伝えるとき「ありがとう。」と言葉をよく使いますよね。

 

この言葉を伝えるのと、伝えないでは大きな違いがあると思います。

 

感謝の言葉は思っているだけでは伝わらない、言葉で伝えることは物凄く重要です。

 

ただ、僕は「ありがとう」という言葉だけでは、しっくりこない、感謝の言葉が相手にしっかりと伝わっていないなと思うことがあります。

 

相手からすると、

 

機械的に言われている感じ

 

社交的に言っているだけ

 

のように聞こえるのかなと思ったりもします。

 

2.職場でのエピソード

つい先日、職場での出来事です。

 

僕は、介護老人保健施設の通所リハビリ(利用者様が通うサービス)で仕事をしているのですが、介護士スタッフの人数が足りなかったため、その日は夕方に利用者様を送る(帰りの送迎)に同行する予定でした。

 

そのため、夕方にあえて仕事を入れずにいたのですが、事務のスタッフが、代わりに行ってくれるということで、帰りの送迎は行かずに済みました。そのおかげで、月末に行う予定だった事務処理をその日に済ませることができました。

 

僕は、後で事務のスタッフにお礼を伝えました。

 

「◯◯さん、送迎に行ってくださりありがとうございました。◯◯さんが送迎に行ってくれたおかげで、僕は後日に行う予定だった事務処理ができした。大変助かりました~(^ ^)」

 

「ホンマか~。それは、良かった(^ ^)。また、いつでも行くし言ってや~(^ ^)。」

明らかに、感謝の言葉が相手に伝わったなと思うエピソードでした。

 

3.「ありがとう」に一言付け加えてみる

なぜ、上記のエピソードで感謝の言葉が伝わったのでしょうか?

 

おそらく

 

相手の何に感謝しているのか?

 

そして、自分はどう助かったのか?

 

この2点がしっかりと相手に伝わったからではないか私は感じています。

 

私なりの解釈ですが、ちょっと大げさに言えば、相手が何かに貢献できたという存在価値を示す言葉なのかもしれません。

 

このエピソードでいえば、

 

事務のスタッフが送迎に代わりに出る→僕の事務処理ができる

 

つまり、署間の連携や、職場全体の業務に貢献できた。

 

このことをしっかりと言葉で間接的に伝えることができた。

 

私の経験上ですが、人は他人や何らかの組織に貢献できたときに、大きな喜びを感じます。

 

僕もそうです。

 

それは、おそらくその人がそこに存在している意味を示すことなのかもしれません。

 

でも、そのことって、当人はイマイチよくわからなかったりするんですよね。

 

そこを誰かがしっかりと言葉にすることで、初めて気づかされることも多いです。

 

「ありがとう」に一言加えると、感謝されていることが、より明確に伝わるのかもしれませんね。

 

感謝の言葉がしっかりと相手に伝わらないことが「悲劇」であれば

具体的に言葉にすることで相手にしっかりと伝わることが「喜劇」

 

「ありがとう」に一言加えて、感謝の気持ちを相手にしっかりと伝えてみよう。

 

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

悩んだときこそシンプルに考える

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

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1.何かに悩んでいるとき

皆さん、日々の生活で「悩み」ってあるのではないかと思います。

 

悩んだときって、いったい頭の中はどのようになっているでしょうか。

 

結構、いろんなことが頭の中にあって、複雑になっていることが多いと思います。

 

僕もどうしようもなく、悩むことはあります。

 

将来の自分のことだったり

 

今の仕事場での人間関係だったり

 

どちらの選択肢にしようか迷っているとき

 

など、どうしていいかわからないこと、よくあります。

 

もう一つ言える事として、悩んでいるとき相手や環境など周りに答えを求めてしまうということも言えるのではないでしょうか?

 

人に悩みを相談して、その人に答えを求めてしまう時、一件解決しそうに見えますが、

 

それは、友人が理にかなった答えを言っているか否かに関わらず、

 

余計に悩む時間を増やすことも多いのではないかと思います。

 

⒉自分と対話してわかったこと

僕は、以前こんなことがありました。

 

僕が理学療法士になって初めて転職しようか悩んでいたときです。

 

同職種の知り合いから、新しいクリニックを紹介されました。

 

僕は、そのクリニックの見学に行かせていただいたとき「ここで仕事をしてみたいな。」と思いました。しかもそこは、理学療法士の人数が足りないとのことで、すぐに人がほしい状況でした。

でも、その時勤務していた職場で新しい部署に配属になったばかりだったため、僕はすぐにその職場に転職することはしませんでした。

 

そして、時間だけが過ぎてしまい、悩んでしまいました。

 

今、転職したら部署に迷惑をかける

 

高い給料もらっているから、もしかしたら給料減らされるかもしれない

 

その職場の施設長と飲みに行って仲良くなったばかりだし、それで転職するのはなんか悪い気がする

 

僕は、そんなとき、自分の特徴に気がつきました。

 

「なんか、いろんな価値観を混同させすぎている。状況に左右されすぎているな。」

 

僕は、環境や人など周りの状況に影響され、それにより価値観が変動していました。

 

改めて、僕は自分に問いかけました。

 

自分は、どうしたいのか。

 

それにだけ、一点集中して考えたとき、転職するという決断ができました。

 

3.悩んでいるときにこそ、シンプルに考えてみる

初めて転職だったので、決断して職場の同僚や施設長に話をしたときに、何か言われるのではないかという恐怖がありましが、特に何も言われることなく、むしろ応援してくれるような感じで言葉を頂けました。ありがたいことでした。

 

悩みというのは、人それぞれありますし、その人によって深刻度も違います。

 

その中で、僕の転職に関する悩みというのは、小さなものかもしれません。

 

人は何かやりたいことがあって出来ないとき、いろんなフレームで物事を考えてしまいます。

 

お金の問題 「お金がないから。」

 

時間の問題 「時間がないから。」

 

人間関係の問題 「あの人からこんなことを言われるのではないか。」

 

場所の問題 「ここではちょっと無理じゃないか。」

 

そんなことで悩んでいるうちに時間が経ち、また別の問題が出てきて、

結局、何がしたいのかわからなくなってしまいます。

 

そんなときにこそ、自分は何がしたいのか、どうしたいのか、シンプルに考えてみる。

 

そして、それに従って行動する。

 

自分がやりたいことに従って決断して行動したとき、周りから言われることもありましたが、意外と大丈夫でした。

 

逆に、大丈夫と思って、周りの環境に左右されて行動したとき、後になって後悔することが多かったです。

 

周りの環境に左右され、どうしていいかわからなくなってしまうことが「悲劇」

自分の思うことに忠実になり、それに従って行動し、前進することが「喜劇」

 

シンプルに考えるのが一番ですね。

 

今日も最後までお読み頂きありがとうございました。

 

感情を抱くということ

 

皆さん、おはようございます。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.何かに対して感情を持っているとき

 

当たり前のことですが、人って感情を持っていますよね。喜びだったり、悲しみ、怒り、諦め、驚き、恐怖などがあります。

 

喜びなどのプラスの感情であれば、いくらでも起こってほしいものですが、そうもいかず、当然怒りや悲しみなど、マイナスの感情も起こってしまいます。

 

以前にもブログの記事で述べましたが、人ってよかったことなど、プラスの感情よりも、比較的怒り、悲しみなどマイナスの感情が頭に残っていることが多いと思います。

 

私も、マイナスの感情を持つことは多いです。

 

例えば、職場などの組織に対して

 

「もっと、今後の方向性をはっきりしてほしい。」

「なんで、もっと段取りよく仕事振ってこないんだよ。」

 

友達や知り合いとのコミュニケーションでも、

 

「なんで、そんな言い方するんだろ。」

「思ったより喜んでくれなかったなあ。」

「なんか腹たつなー。」

 

など、自分が組織や人、物事に対して、様々な想いだったり、感情を抱くことが多いです。

 

自分が何か行動するときって、そのマイナスの感情が阻害因子となってしまいます。

 

マイナスの感情というのは、とても嫌です。出来れば消したい。

 

2.何かに対して関心を持っているということ

でも、僕はあることに気がつきました。

 

組織や人に対して、マイナスの感情を持っているとき、冷静に考えてみると、

 

少なくとも関心をもっているということ

 

そもそも、興味や関心がなかったら、プラスの感情もマイナスの感情も湧いてこないです。

 

仕事でマイナスの感情を抱くときは、仕事に一生懸命になっている証拠

 

妻や子供、両親、恋人に対してマイナスの感情を持っているときは、その人のことを大事に思っている証拠

 

すべての事に当てはまらないかもしれませんが、少なくとも最近の僕はそう思えるようになりました。

 

そう思うと、気持ちが非常に楽になります。

 

逆に、相手が自分に対して、マイナスの感情を抱いてきたとき、

 

相手は自分に対して関心がある

 

と思えるとちょっと嬉しくもなります。

 

逆に、何も感情を抱かなかったら

 

関心がないんだなと

 

解釈できます。

 

何かに対して感情を抱くというのは、少なくとも興味・関心を持っていということ

 

そこに何となく可能性というものを感じます。

 

マイナスの感情そのものに捉われてしまうことが「悲劇」であれば、

少なくとも関心もたれていると解釈できることが「喜劇」である

 

感情というものに可能性を感じて生きていこう

 

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

あるがままで

皆さん、こんばんは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.自分に足りないものに目を向ける

自分が何か目標をもったり、あるいは成りたい自分に向かって取り組むとき、どような在り方でいるでしょうか。

 

おそらく、そのためには◯と△をしなければならない。

 

と考えるのではないでしょうか?

 

例えば、フルマラソン42.195kmを完走するといった目標をもったとき

 

まずは毎日1時間ジョギングしないといけない

 

休みの日には、20km走らなければならない

 

または、筋トレしなければならない

 

など、完走するための行動計画を立てるのではないでしょうか。

 

ただ、それが、計画通りにいかなくなったときに、もっと頑張らなければならないなど、焦りを感じることもあるのではないかと思います。

 

つまり、自分の足りないものに目を向けがちです。

 

そうなると、正直毎日の練習や取り組みも辛くしんどいものになってきますよね。

 

2.自分に在るものに目を向けてみる

そんな焦りを感じたとき、少し楽観的と言われるかもしれませんが、僕はこんな風に考えるように切り替えます。

 

自分はすでに在る、と。

 

フルマラソンでいえば、僕は2週間前、福岡県の久留米市で、フルマラソンを走ったときに、タイム的には6時間近くかかってしまいましたが、完走はできました。

 

練習はというと、正直十分にしているとは言えませんでした。

 

それでも、なぜ完走できたかというと、、、、

4月にフルマラソン1回完走した経験

去年の9月にキリマンジャロ登山に挑戦した経験

去年の12月に六甲全山縦走を完走した経験

今年の8月に槍ヶ岳に登頂した経験

 

など、過去に色々な経験をしたからだと思うのです。

 

これが、フルマラソンを完走する力を持っている。

 

即ち、すでに在るとういうことになるのではないかと思います。

 

ただ、これは、だから何もしなくて良いってわけでないんですけどね。

 

視点(見方)の問題で、

 

ないないない、足りなーいって、焦ってしまったとき

 

この「すでに在るんだ。」という観点をもっておくと非常に楽な気持ちでに物事を取り組めるのではないかと思います。

 

僕は、先日、ある理学療法士の先輩からコーチを受けました。

 

コーチでは、何か新しいことに取り組もうと言われるのではないか?

 

そういった期待と不安がありました。

 

でも、僕がすでに取り組んでいることや、やりたいと思っていることをコーチに伝えたところ、、、、

 

それでいいじゃん!続けようよ!

 

答えはその一言でした。

 

この瞬間、僕は、今、取り組んいることに自信が持てました。

 

「すでに在る」

 

それは、自信ということを指すのかもしれませんね。

 

自分に足りないものに焦点を当てすぎて、悲観してしまうことが『悲劇』ならば

自分に在るということに目を向け、意欲的に取り組めることが『喜劇』

 

自分に今在るものに目を向け、それを育てていこう。

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうござました。