悲劇を喜劇にかえるブログ

「心と体の健康」について医療・介護での仕事、ビジネス、自身の心と体のデトックスの経験などから情報発信していきます。

理由を越えて決断しよう

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.何かを決断するとき

皆さんは、人生において、何か大きな決断をすることってありますよね?

 

例えば、

 

結婚するとき

 

引っ越しするとき

 

転職するとき

 

起業するとき

 

など、大きな決断がいることってあると思います。

 

では、決断するときって、何か理由があったりするでしょうか?

 

あるいは、何か周りの環境に影響されたりすることもあるでしょうか?

 

2.僕が転職を決断したとき

僕は去年転職(職場を変わる)という決断をしました。

 

そして、1月16日から職場が変わります。

 

でも、私はそれまで幾つもの大きな山場を乗り越えてきました。

 

その一つとして、今の職場で私が抜けた場合、次の内定者がいない状況がありました。

 

つまり、一人欠員状態で業務を行わなければなりませんでした。

 

もし、職員が誰も入ってこなかったら、転職の時期をずらさなければならないという危機まで陥っていました。

 

でも、僕は、コミット(約束)を変えませんでした。

 

『1月16日から職場を変わる』

 

そのために、

 

求人募集に関して、よい方法はないか上司に提案したり、

 

部署で連携を図るために、話し合いの場を作ったり、

 

他部署の管理者に事前のオリエンテーションを行ったり、

 

など、行いました。

 

だから、何とかコミット(約束)通りに転職の時期を迎えることができそうです。

 

そして、最近ではスタッフが僕の転職を応援してくださるようになり、大変感謝しています。

 

3.理由を超えて決断してみよう

何か決断するとき、必ずしも何か、阻害因子(壁)みたいなものが出てきます。

 

でも、本当に自分が何かしたいこと、そして何かしようとしていることがあるとき

 

その阻害因子の影響で、それができないとなったら、

 

それは、非常に勿体ないことです。

 

その阻害因子を超えてやってみる

 

やるとコミット(約束)し、それに向かって行動してみる。

 

そうすることで、やれる方法が見つかってくるし

 

現実そうなっていくと感じています。

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理由によってできないと諦め決断してしまうことが『悲劇』であれば

理由を超えて決断し、前に向かって行動していくことが『喜劇』

 

理由はあるけれど、それでも『やります』と宣言してやってみよう。

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

幸せな一年間にしよう

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

⒈今年一年のことについて

お正月も今日で終わりですね。皆さんは、どのようなお正月をお過ごしでしたか?

 

僕は、地元である福岡県大牟田市に帰って、三社参り、両親との会話、地元の職場へ訪問、一人で地元の道をドライブなど楽しんできました。

 

そんなお正月も今日で終わりですね。明日から仕事という方も多いことでしょう。

 

今年はどんな一年にしようか?

 

そんなことを考えている人・決めている人も多いのではないかと思います。

 

因みに僕はこんな一年にします。

 

それは、、、

 

『自分にとっての幸せを明確にする。』

 

です。

 

ちょっと壮大なテーマなのかもしれません。

 

2.幸せについて

幸せの定義ってなんだろう?

 

僕は、つい最近まで、こんなことが幸せだと感じていました。

 

テレビやYou tube動画、フェイスブックの投稿などで幸せそうにしている人

 

高級なレストランで食事をしている人

 

高級住宅に住んでいる人

 

お金をたくさん持っていて社交的に遊んでいる人

 

経営者になって儲かっていて、部下に仕事を任せていて、自由な時間があるように見える人

 

学歴が高い人

 

知名度が高い人

 

栄誉のある仕事に就いている人

 

容姿端麗な人

 

僕は、今まで、これらの幸せばかりを追い求めて生きてきました。

 

だって、不幸になりたくなかったから。

 

でも、これらを追い求めて行動していると、なぜかその過程において、不幸と思ってしまいます。

 

なぜかというと、

 

「自分はこれらになっていない=不幸である」

 

という立場に立っていたからです。

 

これらは全て、他人と比較した結果の優劣で「幸せ」と感じているだけだと。

 

つまり、幸せを外に求めているということに気がつきました。

 

では、本当の幸せの答えは?

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それは、自分の中にあるということに気がつきました。

 

3.幸せという自分になる

今回の年末、年始に実家に帰省し、久しぶりに家族(両親、弟)と過ごしました。

 

その時、とても幸せだと感じました。

 

やはり、実家にいて、お酒をかわしながら、美味しいものを食べて、家族と会話する。

 

これは、最高に幸せなことです。

 

でも、3年前は、なぜかそんな風に感じませんでした。

 

僕は、これを周りの環境のせいにしていました。

別に、3年前と今と比較し、世帯収入や、家などが変わったわけでもありません。

 

僕や兄弟が結婚したわけでもありません。

 

では、何が変わったのか?

 

『僕の見方』が変わったのだと思いました。

 

つまり、幸せの答えは自分の中にあるということです。

 

自分が与えられた環境の中で、何が自分にとって幸せなのか?

 

そのために、たった今から『幸せな人である』というステージに立って日々を行動していく。

 

これが2017年のテーマです。

 

幸せを周りに求めて不幸な自分でいることが『悲劇』であれば、

内なる幸せを見つけ、幸せな自分でいることが『喜劇』

 

自分の内なる幸せを見つけていこう。

 

今年も、一年よろしくお願い致します。

 

因みに『悲劇を喜劇に変えるブログ』は、今年一年間100記事更新を目指していきます。

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

経験値を高めよう

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.今年一年を振り返って

もうすぐ、今年も終わりですね。皆さんは今年一年どんなことがありましたか?

 

僕は、今年は振り返ってみるといろんなことがありました。

 

フルマラソン3回完走した。

 

1年で職場を変わる決断をした。

 

職場で色んなドラマがあった。

 

槍ヶ岳に登頂した。

 

仕事関係の研修会に多く参加した。

 

恋愛した。

 

自己を高めるために、高いお金を出してセミナーに行きまくった。

 

自分のブログを開設した。

 

新たな人達との出会い、別れがあった。

 

他にもたくさんありましたが、主にはこんな感じです。

 

2.出来事に対して

 

いろんな出来事に対して、、、、、、

 

それは、嬉しくもあれば、悲しくもあります。

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でも、それらに共通することがあります。

 

それは、、、、、

 

『経験する』ということです。

 

僕は、今お世話になっているコーチから、こんな言葉をかけられたことがあります。

 

「人生は嬉しいことだけではない、嫌なことや、悲しかったこともある。むしろそんなことが多いのかもしれない。しかし、それは後で考えれば、話のネタとなるんだよね。」

 

経験値、、、

 

それは、話のネタとなるのです。

 

僕は、ある尊敬している経営者からこんなことを言われました。

 

「若い時は、お金よりも経験だ。」

 

経験、話のネタこそが、大きな価値であり、大きな財産となります。

 

 

3.チャレンジこそ経験を生む

 

経験値を高めるためには、、、

 

何かを決めてチャレンジすること。

 

チャレンジして、挫折してもいい。

 

途中で、やめてしまってもいい。

 

でも、あまり考えないで、とりあえずやってみること。

 

失敗してもそこに経験が生まれる。

 

10個何かにチャレンジして、1つでも達成したり、最後までやり遂げれたら、それは0からの大きな一歩かもしれません。

 

フルマラソンを3回完走すると決めて、最後までやり遂げれたことは、僕にとって大きな一歩でした。

 

経験すること、それは人間力を高めることにもつながる。

 

そう思って来年もチャレンジしていきます。

 

一年振り返って、経験値、話のネタが少ないことが「悲劇」であれば、

嬉しいこと、悲しいことがあり、話のネタが多いことが「喜劇」である。

 

来年も多くの経験を積んで、話のネタを作り、自分の財産にしていこう。

 

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

発している言葉を大切にしよう

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.自分が発している言葉に対して

皆様は、自分が普段会話している時、つい発している言葉に気付いていますか?

そして、それに対して責任を持っていますか?

 

僕は、正直自分がつい発している言葉に対して責任を持っていませんでした。

 

例えば、

 

「・・・・・って、言ったらおかしんだけど。」

 

「・・・・・これを、言ったらやばいかな。」

 

「・・・・・自分にできるかな。」

 

「んー、っちょっと、しんどいなあ。」

 

「・・・・それは、多分難しいと思う。」

 

など、

 

僕もつい、このような言葉を発してしまいます。

 

このような言葉って、言ってみたらわかると思うのですが、

 

パワーがない

 

可能性がない

 

生き生きしていない

 

楽しくない

 

そんなイメージを持ってしまいます。

 

2.周りの人が普段発している言葉に対して

 

では、普段あなたの周りの人は、会話の中で普段どのような言葉を発しているでしょうか?

 

もし、上記のような言葉を発しているとしたら、あなたはどう感じてしまいますか?

 

パワーが落ちてしまう。

 

可能性がなくなってしまう。

 

生き生きさがなくなってしまう。

 

楽しくなくなる。

 

こう感じてしまうのではないでしょうか?

 

僕もそう感じてしまいます。

 

そして、周りに影響されて、自分もいつの間にか同じ言葉を発しています。

 

僕は、小学生のときに、当時身長が高かかったので、そのことを周りに自信をもって言っていました。

 

そのとき、同級生から

 

「それ自慢?そんなこと言うやつサイテー。」

 

僕は、そのとき大きなショックを受けてしまいました。

 

周りに自慢してはいけないんだ。

 

自分を素直に表現したら、嫌われてしまうんだ。

 

だから、周りに合わせるために、控えめに言っちゃおう。

 

そう決めました。

 

そして、そのような態度で振舞っているうちに、いつの間にか皮肉と諦めの自分になっていました。

 

だから、周りに集まってくる人等もいつの間にか同じ言葉を発していました。

 

3.自分が普段発している言葉を書き換えてみる

僕は、自分を素直に表現しなくなったのは、小学生からだと気付いたとき

 

相手の言った「自慢する奴はサイテー」は、その人の作り出した物語(ストーリー)であり真実ではないと解釈し、それを、消しゴムを消すかのようにゼロにする。

 

そして、新しい言葉に書き換える。

 

そうすると、自分は自慢してもいい、素直に自己表現してもいい。

 

といった自分に立つことができました。

 

そう、自分の良かったこと、長所は、素直に表現する。

 

そして、普段から可能性のある満ち溢れた言葉で表現する。

 

「やってみよう。」

 

「言ってみよう。」

 

「できるんだ。」

 

そうすると、いつの間にか皮肉と諦めを言っている人たちが周りからいなくなってしまいます。

 

だとすれば、可能性にコミットした人たちが集まってくる。

 

皮肉と諦めの言葉を言って、その通りの人生を送ってしまうことが「悲劇」であれば、

可能性の言葉を発し続けて、楽しく人生を生きることが「喜劇」

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自分が発している言葉に責任を持ち、周りに良い影響を与えていこう。

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

可能性にフォーカスしてみよう

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

⒈不可能だと思ってしまうこと

皆さんは、不可能を口に出してしまうことってないでしょうか。

 

僕も正直あります。

 

つい口癖で、

 

「ちょっと厳しいな、、、、」

 

「無理っぽいなあ、、、」

 

あるいは、他の誰かが何か提案をしたときに、

 

「でも、、、、」

 

「それは、ちょっと、、、、」

 

「そうは言っても、、、、、」

 

こんな言葉を使ってしまいます。

 

100%を考えるが故に、リスクを恐れるが故に、ついそんなことを思い言葉に発してしまいます。

2.女性に告白した時の出来事

僕は、以前、合コンで知り合った女性で気に入った人がいたので、思い切って食事に誘ってみました。

 

そして、予約したフランス料理の店で、非常に盛り上がったので、

 

「これは絶対に告白したら彼女にできるかもしれない。」

 

と思いました。

 

でも、そこに不安もありました。

 

「もし、だめだったらどうしよう。やっぱり無理じゃないかな。」

 

そんな独り言を発していました。

 

今でもそうですが、僕は恋愛に対して非常に奥手なタイプです。

 

特に、このときの僕はどのタイミングで「付き合ってください。」と言っていいのかよくわかりませんでした。

 

だから、このタイミングではないかもしれない。

 

でも、それは告白してみないとわからない。

 

そこで、僕は帰り道で思い切って告白してみました。

 

結果は、、、、、

 

「何よ、いきなりー!! もうちょっと、デートしてからにしてよ。」

 

オッケーをもらうことができませんでした。

 

それどころか、大きな恥をかきました。

 

3.行動することで可能性が開けてくる

 

このとき、告白に失敗してしまった僕ですが、

 

一方で、大きな収穫を得ました。

 

付き合うためには、デートを積み重ねることが必要なんだな。

 

もし、あのとき、思い切って告白していなかったら、このことはわからなかったでしょう。

 

それどころかタイミングを逃して、告白できずに終わってしまっていたのかもしれません。

 

分かりやすく整理すると、

 

一度女性に告白してみないと、女性と付き合える可能性が開けてこないということなのです。

 

フラれるかもしれないと不可能にばかりフォーカスしてしまい何も行動しなかったら、

 

一生好きな女性と付き合えないということです。

 

これは、仕事にも言えることかもしれません。

 

会社全体や部門がいろんな問題に直面したときに、今までのやり方を変えなければならないことがあるとします。

 

そんなときに、様々な提案に対して「それは難しい」と不可能ばかりにフォーカスしていては、そこから何も生まれません。

 

ちょっとでも可能性があるアイデアがあれば、それを少しずつでもいいからそれに向かって行動していく。

 

そうすることで可能性の扉が開けてきます。

 

それは、今までの自分にはない新しい可能性かもしれませんね。

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否定の言葉ばかりを発して、不可能に目を向けてしまうことが「悲劇」であれば

少しずつでも前に行動し、可能性の扉を開いていけることが「喜劇」

 

いかなる状況でも可能性にフォーカスして生きていこう。

 

本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

執着を手放そう

 

皆さん、こんばんは。

『悲劇を喜劇にかえるブログ』管理人のシマダマサヒロです。

今日も記事を発信していきますよー!

宜しくお願い致します。

 

1.執着しているとき

皆さんは、何か一つのことに囚われていて、執着していることってありますか?

僕は、よくあります。

 

例えば、

 

通勤のとき、バスの定期を忘れて「しまったー。」と落ち込んでいるとき

 

気になる女の子を食事に誘いたいけど、なかなか声をかけられないとき

 

大事なプレゼンを目の前にして、緊張し、日常業務に集中できないとき

 

何かトラブルがあって落ち込んでしまったとき

 

何か一つのことに囚われて、時間が経ってしまうときがあります。

 

2.知り合いとの登山での出来事

僕は、先日日頃から大変お世話になっている先輩と兵庫県にある六甲山に登りました。

 

当日は、物凄い雨で、登山道具はほぼ全て濡れていました。

 

リュックの中にある着替えはビニール袋で包んでいたので、濡れていないだろうと思っていたのですが、どうもリュックの隙間から雨水が入ったみたいで、着替えもシャツの袖の部分が濡れていました。

 

登山後に温泉に入り、脱衣室にて、濡れた着替えの袖の部分をドライヤーで乾かそうとしました。僕の知り合いの友人は、「ゆっくり乾かしておいで」と言ってくれたのですが、濡れた部分を乾かすだけで5分以上かかってしまいました。

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濡れた袖を乾かすのに時間をかける。これは、「濡れた袖に対する執着」だなと思いました。

 

⒊執着を手放すこと

何かに執着している。

 

それは、同時に何かを失っているのではないか。

 

上記の「濡れた袖に執着する」ことで言えば、

 

5分という貴重な時間を失っている。

 

相手を待たせてしまい、信頼関係を失っている。

 

その次への行動力(パワー)を失っている。

 

袖が濡れてしまうこと、それは確かに小さな不幸であります。しかし、それに囚われてしまうと、温泉の後の折角の乾杯や食事、先輩との会話が楽しめなくなります。

 

それは非常に勿体ないことですね。

 

この登山の例は、ほんの小さな出来事ですが、

 

人生において何か大きな出来事が起きた時、

 

その出来事に執着してしまい、代償として大きな可能性を失ってしまうこともあるかもしれません。

 

確かに出来事によっては、執着せざるを得ないかもしれません。

 

しかし、もしもそれを手放すことができたら

 

今まで見えなかった可能性を創造できるかもしれません。

 

因みに私は今そのトレーニングの真っ最中です(^ ^)

 

何かに囚われ、執着することが「悲劇」であれば

執着を手放し大きな可能性を創造することが「喜劇」

 

執着を空っぽにして大きく飛躍していこう。

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分にできることがまだまだある

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

今日も、記事を発信していきますよー。

よろしくお願い致します。

 

1.周りに不満を言っているとき

周りに不満を言っていることってないでしょうか?

 

例えば、

 

仕事で自分はこんなに一生懸命働いているのに、周りは動いてくれない。

 

あの人がいるから、私は堂々と仕事できない。

 

など。具体的にあると思います。

 

つまり、

 

人の目が気になる。

 

この職場、住んでいる場所が悪い。

 

時間がない。

 

周りの環境や人、時間のせいにしてしまうことってあるのではないかと思います。

 

僕も、つい

 

「◯◯をやりたいんだけど、時間がない。」

 

なんて言ってしまいます。

 

2.職場での出来事

僕は、前回の記事にて、今働いている介護老人保健施設で、人が不足しているという話をさせていただきました。

 

人が足りないと、よく

 

「人がいないから、仕事が回らない。」

 

「人がいないから、毎日帰りが遅くなる。」

 

「人がいないから、利用者様を満足させてあげれない。」

 

という事を言いたくなります。

 

ひどくなると、

 

「人が来ないのは、会社(施設)の幹部の責任だ。」

 

なんてことを言ってしまいます。

 

僕は、なかなか人が集まらないことに関して、理学療法士の先輩にアドバイスをいただこうと思って聞いてみました。

 

すると、先輩の言った一言は、

 

「シマダさんが、できることってまだまだあるんじゃないですか?」

 

この一言で僕はすっかり目が覚めてしまいました。

 

3.やれることがまだある

周りに対して不満を言っているときって、大邸の場合、自分がやれることまだまだあるんですね。

 

上記の人材不足に関して言えば、

 

自分の知り合いに声を掛けてみる。

 

無料で求人広告を掲載できるWebサイトを調べて、人事部長に提案してみる。

 

自分のFBのタイムラインやブログにに求人募集の記事を載せてみる。

 

など。

 

周りに不満を言っているとき、

 

それは、周りばかりを見てしまっていて、自分が見えていない証拠。

 

例え現実的に自分以外のところに原因があったとしても、

 

自分に原因があるという立場に立ってみる。

 

そうすると、自分にやれることが見えてくると思うのです。

 

自分にやれることが見つかって行動した時、

初めて周りを動かることができるでしょう。

 

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周りが動くことばかり期待し、何も行動しないことが『悲劇』であれば

自分ができることを見つけ、行動し、周囲を巻き込めれることが『喜劇』

 

自分にできることがまだまだあるんだと思って行動してみよう。

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうござました。