悲劇を喜劇に変えるブログ

日々の生活こそ大きな資産。1日1日良かったことに目を向け、嫌なこと悲しいことも喜びや笑いに変える。そんなこと発信していきます。

言ってみないとわからない

皆さん、こんばんは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

6月に入って、ジメジメした空気になりました。京都の方も梅雨入りしました。

 

ただ、ここ2~3日と天気がよくさほど暑くもないので、洗濯物を干したり、家の掃除をしたりするのに絶好の気候ですよね。

 

ところで、皆様は、はっきりと物をいうタイプでしょうか?

 

それとも、我慢したりするタイプでしょうか?

 

私は、どちらかというと後者のほうですね。

 

何で言いたいことを言えないというと、

 

「これを言ったら相手は◯◯なことを思うのではないか?」

 

「これを言ったら、絶対に嫌われるのではないか?」

 

「これを言ったら、相手は傷つくのではないのか?」

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そんなことを気にして、我慢して何も言わないことが多かったです。

 

会議のときに、あまり意見を言わない。

 

相手から何か要求や、依頼ごとをされたときに、つい「はい。」と言ってしまう。

 

素直であることは大切ですが、素直と、言いたいことを言わないのは全く別ですもんね

 

逆に、何も言わないことの方が、相手を支配してしまい、逆に気を使わせてしまって、悪影響を及ぼしてしまう。

 

だから、最近の僕は言いたい事をはっきり言うようにしています。

 

相手がどう反応するのか?

 

それは相手注意を向けている様で、実は自分に注意を向けている。

 

相手が悪い風に反応するのではないのか、、、

 

それは80%思い込みかもしれません。

 

言いたいことを我慢し、自分も相手も損してしまうことが『悲劇』であれば、

言いたいことはっきりと言って、お互いに前進することが『喜劇』

 

あることを「在る」ように表していこう。

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

今、◯◯である

皆さん、こんばんは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

5月も残り2日となりましたね。明後日から6月。

 

6月から楽しいことが待っているかな( ^ω^ )

 

そんなことを考えています。

 

ところで、皆さんはこのように、

 

6月こそはいい月になる。

 

来年になったら、いい年になる。

 

国家試験に合格したら、所得も増えて豊かに暮らせる。

 

結婚したら幸せになる。

 

など、未来に対して期待することが多くあると思います。

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でも、考えてみてください。

 

実際にそうなって、自分が期待した以上になったでしょうか?

 

私の場合、実をいうと、ほとんどそうなっていないことが多いです。

 

例えば、私は、理学療法士という資格をとるために3年間学校に行きました。

 

そこは、西日本では一番古い私立の専門学校で、卒業する確率が50%と厳しい学校でした。

 

座学だけでなく、実習もかなり厳しく、レポートがなかなか合格もらえなかったのを覚えています。

でも、僕はこれを乗り切って卒業し、国家試験に合格したら、悠々自適の生活が待っている。

 

大きな期待がありました。

 

でも、実際に国家試験に合格して、仕事し始めると、悠々自適どころではなく、社会人としての厳しさを知ることになります。

 

今考えるとは当たり前なのですが、、、、、。

 

逆に、全然期待していないことの方が、意外な成果を得られることが多いですけどね。

 

要は、何かというと、

 

先の未来に期待するのではなく、

 

今を生きることなのかなと最近感じています。

 

例えば、

 

『仕事変わったら、自由になれる。』ではなく、

『今の状態が自由である』

 

『引越ししたら、快適な生活が待っている』ではなく、『今、快適な状態である』

 

このように在り方をシフトすると、勝手に明るい未来も付いてくる。

 

このように思うのです。

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未来に期待して今を疎かにすることが『悲劇』であれば

今を大事にして未来を引き寄せることが『喜劇』

 

今の自分は未来であるという在り方を作り出していこう。

 

そして、その自分で行動していこう。

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

◯◯しなければならない

皆さん、おはようございます。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

今日は、5月最後の日曜日。京都市内の天気は最高に良いですね。

 

僕も朝から洗濯と、久しぶりに部屋の掃除済ませたところでした。( ^ω^ )

 

私は、今一人暮らしですので、基本的に炊事・洗濯など、家事のことは自分で管理しなければなりません。

 

さーて、この『◯◯しなければならない』という言葉、皆様よく使われると思います。

 

『◯◯しなければならない』は、英訳すると『must』

 

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つまり、『絶対』という意味です。

 

確かに、世の中『◯◯しなければならない』というのはたくさんありますよね。

 

例えば、

 

家賃の振込はいつまでにやらないといけない。

 

食事は、3食しっかりとらなければならない。

 

上司から任された◯◯の仕事をいつまでにしなければならない。

 

など。

 

でも、『◯◯しなければならない』という言葉どこか嫌な感じがしませんか?

 

僕もつい言ってしまうのですが、正直使いたくないです。

 

この言葉、すごく受け身な言葉だと感じているからです。

 

僕は、以前先輩と飲んでいたときに、

 

僕「別の仕事をするんだったら、今の仕事の時間を減らさないといけないですよね?」

 

先輩「嶋田君。『◯◯しなければならない』は自分で選択してないってことだよ。そうではなく、『◯◯したいか』だよ。」

 

親や上司に言われたから、、、

 

状況がそうであるから、、、

 

など、周りの人に責任を押し付けているような気がするのです。

 

つまり、自分で選択していないのです。

 

もちろん、地球、または日本というある決められた人間社会の中で生きているわけですから、法律や人間としての道徳的なことを守るのは、ある程度必要でしょう。

 

でも、今の現代社会って、あまりにも「◯◯しなければならい」ということに囚われているような気がするのです。

 

僕が、尊敬している成功している、つまり本当の自由というのを手に入れている諸先輩方の言葉を聞いてていると、、、

 

『◯◯しなければならない』

 

ではなく、

 

『◯◯する』

 

『◯◯したい』

 

これで、仕事も遊びもやっているんですね。

 

つまり、すべて自分で、自己責任で選択しています。

 

どんな環境や状況においても、自分で選択することによって自由な感じがしますよね。

 

『◯◯しなければならい』で、受け身になってしまうことが『悲劇』であれば

『◯◯したい』と主体的に選択することが『喜劇』

 

他人に人生を預けるのではなく、自分で人生の権力を握っていこう。

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

頑張らない

皆さん、こんばんは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

もうすぐ、6月ですね。少しずつジメジメとしたものが近づいている今日この頃ですね。

 

2017年に入ってもう半ば折り返し地点を迎えようとしています( ^ω^ )

 

さーて、時が過ぎるのは早いもの。

 

ここから、巻き返して頑張るぞー、、、、

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と言いたいところですが、今日のテーマは、何と、、、、

 

『頑張らない』

 

なんですね。

 

頑張らないってどういうことでしょうか?

 

手を抜くこと

 

楽をすること

 

怠けること

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そうではないんですよ。

 

僕は、つい先日、ある先輩と◯月◯日までに、◯◯をやりますというコミットをしました。

 

そして、熱い握手を交わしました。

 

そのあと、僕は、先輩に「頑張ります」いったところ、返された言葉が

 

「嶋田君。『頑張る』という言葉は使わない方がいいよ。それは、コミットしたことから逃げていることなんだよ。」

 

ガーン(T_T)

 

かなり、ショッキングな言葉でしたが、でも先輩が仰っていることは、よくわかります。

 

頑張るというのは、一見、それに向かってくための最高のパフォーマンスを示す言葉のように聞こえますが、深く見てみると、『ひょっとしたら、できないかもしれない』という意味も含まれているんですね。

 

確かに、自分でも、『頑張ります』と言っていると、どこか力が入りすぎて空回りしそうな感じがします。

 

『頑張ります』ではなく、

 

『やります』

 

『成っています』

 

の方が、エネルギッシュなのかもしれないですね。

 

とりあえず『頑張ります』と言って空回りしてしまうことが『悲劇』であれば

『成っています』と断言してひたすらゴールに向かっていくことが『喜劇』

 

より、エネルギー満ち溢れた言葉を選んでいこう。

 

日頃から発している言葉がその人を創り出します^o^

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

人間は皆同じ

皆さん、こんばんは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

5月も後半になって物凄く暑くなってきましたね。

 

京都は最近、気温が30℃以上になって半袖でも充分でしたよね。

 

さて、変な質問をするようですが、皆さんは、自分は果たして『誰であるのか』に関して、明確な答えってありますか?

 

私は誰であるのか?

 

名前、職業、性別、年齢など

 

自分が誰であるかを表現する言葉は幾つかあります。

 

そして、相手が誰であるのか?

 

これも気になるところであり、それによって接し方も変わってくると思います。

 

例えば、肩書きなど、相手が東大出身者であったら、ちょっとこの人頭いいなーと思って、距離感を置いてしまうかもしれません。

 

また、儲かっている会社の社長であれば、少しビビってしまうかもしれません。

 

自分に対して劣等感を感じてしまうかもしれません。

 

でも、僕はある尊敬する経営者に教えていただいた言葉があります。

 

それは、

 

「人は、皆同じ不完全な人間なんだ。だから、自分に小さくする必要なんてないんだよ。」

 

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この言葉を聞いて僕は自信が持てました。

 

例え自分がサラリーマンであっても、若くても、独身でも、関係無い。

 

皆、同じ人間である。

 

そう考えることで人とコミュニケーションをとるとき、自分に注意が向かなくなり、純粋に相手のことに興味が持てるようになります。

 

自分を小さくして、相手と分かち合うことができないことが『悲劇』であれば

自分を大きな人と承認し、相手に興味を持って接することが『喜劇』

 

人間は皆同じ不完全である。

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

完璧を求めない

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

最近、本当に暑くなってきましたね。

 

ジメジメしていまして、沖縄の方では梅雨入りしたみたいですが、朝方はまだ寒かったりして気温の変化が激しいですね。

 

僕も先週風邪を引いていたのですが、今週はだいぶ回復してきました( ^ω^ )

 

さて、皆さんは相手や大人数の中で何かを伝えたり、プレゼンしたりするときに、何を大事にされていますか?

 

完璧に言う、綺麗に言う、うまく言う

 

こんなことを意識していないでしょうか?

 

僕もそのことばかりを意識していました。

 

でも、そればかり意識していまうと何が起こるかというと、、、、

 

注意が自分に向いてしまって、相手に伝わらないことが多いんですよね。

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例え完璧にプレゼンできたとしても。

 

例えば、大好きな人にプロポーズをするとき、

 

事前に言うことを考えて、うまく言う。

 

これってなかなか相手に伝わらなかったりしますよね。

 

逆に、相手に大好きだということ思いっきり言った方が、その人にインスパイアされることも多いかと思うんです。

 

僕は、先週の土日で原稿をあまり覚えずに5人くらいの人の前でプレゼンする機会がありました。

原稿を本当に覚えていなかったので、ほとんどアドリブになってしまったのですが、とにかく相手に伝えようと思って、しどろもどろではありますが、思いっきり自己表現しました。

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すると、聞いている人達はとても感動したんですね。

 

この時、僕は自分が例え完璧でなくても自己表現してもいいんだということを掴みました。

 

逆に完璧を求めていたら、いつまで経っても進まないですもんね。

 

完璧ってキリがないですから。

 

ある話家の先生がこんなことを仰っていました。

 

「伝えると伝わるは違う。」

 

伝わる時、それは、完璧にいうことではなく、自分が本気で、情熱的であるときなのかもしれません。

 

完璧に言おうとして、相手に伝わらないのが『悲劇』であれば

完璧でなくでも相手のところにしっかりと伝わるのが『喜劇』

 

今のままでも充分自己表現していいんだよ( ´ ▽ ` )ノ

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

嫌われる勇気

 

皆さん、こんにちは。『悲劇を喜劇に変えるブログ』の管理人シマダマサヒロです。

 

今週は、なぜか気合い入れて3日連続の投稿になります( ^ω^ )

 

今日も元気良く発信していきますよー( ´ ▽ ` )ノ

 

さて、皆さんは『嫌われる勇気』というベスセラーになった本をご存知でしょうか?

 

おそらく、今年ドラマ化されたくらいですから、あまり知らない人はいないと思います。

 

僕は、知ってはいましたが、あまりピンと来ませんでした。

 

というか、嫌われるよりも、好かれた方がいいに決まっているじゃないか。

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そんな風にも思っていました。

 

でも、最近嫌われる勇気という意味が何となくわかってきました。

 

僕は、『嫌われる勇気』という本を実際に読んだことはありませんが、、、、、、

 

嫌われる勇気、、、、、、

 

それは、『本当の自分に気づく』という勇気

 

人から嫌われないようにすることは、悪いことではないです。

 

ただ、そのために相手にあわせようと、うまくやっていこうとするが故に

 

本当の自分を見失ってしまう。

 

この代償はとても大きいです。

 

それだから故に、自分の行動に自由さがなくなってしまう。

 

これは、とても勿体無いことです。

 

でも、人から嫌われたら、友達失って孤独になるのではないのか?

 

いやいや、不思議なものでして、本当のあなたを好きになってくれる人は必ずいます。

 

というか、そっちの方がよりあなたのファンになってくれるかもしれません。

 

人から嫌われないようにする。

それは無難なことかもしれませんが、無難な関係しかできないかもしれない。

 

ただ、本当の自分に気づき、それをありのまま表現することができれば、一定層あたなのファンになってくれる人がいるはずです。

 

人からどう思われようとも、本当の自分を見失わないこと。

 

嫌われるのを恐れて、本当の自分を見失うことが『悲劇』であれば

嫌われる勇気をもって、本当の自分を自由に表現できることが『喜劇』

 

本当の自分に正直になろう。

 

そして、自由に生きていこう。

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。